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『バランス調整機としての仕事ができる後進をどこまで増やせるかが、建築界への恩返し』創造系不動産 高橋寿太郎

『バランス調整機としての仕事ができる後進をどこまで増やせるかが、建築界への恩返し』
創造系不動産 高橋寿太郎氏

―創造系不動産を起業されるに至った経緯を聞かせてください。

僕は大阪出身で、京都工芸繊維大学で建築を学んだんです。当時はデザインにしか興味がなかったので、卒業後は東京に出てデザイン設計の事務所に就職しました。なのに、ある時、ひょんなことから不動産会社に転職することになったんです。建築設計者や建築士さんは大学卒業後、5〜10年ほど働いて独立しようと考える人が多いのですが、僕もまさに建築家として独立を考えていたタイミングでした。

―なのに、不動産業界に足を踏み入れられた、と。

人生は思い通りにいかないものです(笑)。これには2つの理由がありました。1つは独立資金が十分になかったこと。そしてもう1つは、不動産業界でお金の流れや管理、コンサルティングスキルを身につければ、もう少しマシな建築家になれるかも、という期待もありました。というわけで、従業員が20〜30人ほどの小さな不動産屋に転職したんです。設計事務所時代に集合住宅をたくさん発注してくれていたクライアントで、格好良く言うとヘッドハンティングをされたということになりますが、格好悪くいうと社長が『いつまで経っても社会性がないこいつを、ちょっと安く雇ってやろう』と思われたんだと思います(笑)。ところが、お金と社会性を身につけようという目論見はまんまと裏切られ、独立資金も…お給料が増えた分だけ使ってしまって、ぜんぜん貯まりませんでした(笑)。ただ、取引の現場や中間管理職を任されたことで、取引はできるようになったし、そこでの経験によって建築と不動産を結びつける必要性を感じたことが創造系不動産の創業につながりました。それが2011年です。

創造系不動産 高橋寿太郎氏

―建築と不動産を結びつける必要性について、もう少し詳しく聞かせてください。

本来、建築と不動産って一体であるべきなんです。ですが昭和の、日本が強烈な家不足だった時代に、国と企業が一緒になって家を作りまくらなきゃいけないことになり、またわかりやすく税金の計算ができるようにと、この二つを切り離したんです。家を建てる専門家=建築家、建物や土地を探す専門家=不動産屋、というように、です。実際、それによって両方がググンと成長できたところもありました。ただ、その仕組みって一般の建主さんにはすごくわかりづらいんですよね。いざ家を建てようとなっても、どちらに何を聞けばいいのか、どちらと先に交渉すればいいのか、わからない。じゃあ、単純に元通り、二つをくっつければいいだろう、って話なんですが、それも一筋縄ではいかないというか。それぞれの専門家が協力できない仕組みや制度のせいで決定的な壁、溝がある。その水と油の状態になってしまっている両者を、なんとか混ぜ合わせるような、建築と不動産のあいだを追究する会社を作ろうと考えました。

―確かに自分が家を買うことを想像した時に、どこに何を頼めばいいのか悩みます。

それが当たり前の感覚だと思います。すごく知識が豊富な、プロジェクトマネージャーのような施主さんなら、このタイミングでは税理士さんに話を聞き、このタイミングでは建築士さんに、ここは不動産屋に頼もう、ってできると思いますけど、ほとんどの施主さんはそうではない。結果、自分の近くとか、目の前にある方に頼むしかなくなって、本当に自分が欲しい家やビルが手に入らないということが起きてしまう。それではお金を払う側の施主さんが一番不幸だ、と思いました。

―実際に、どんなフォローをされるのでしょうか。

例えば、最近携わった『REDO JIMBOCHO(リド神保町)』の場合、建築家・渡邉明弘さんにお声がけさせていただきましたが、実はこの建築の専門家と不動産の専門家がタッグを組んで物事を進めていくにはコツが必要なんです。この両者がうまい具合にブレンドされて進んでいくことが理想とはいえ、そもそも、水と油であることには変わりがないからこそ、完全に溶け合うこともない。これは昔からのイメージも影響していると思います。というのも、この両者の場合、以前は不動産屋の方が立場が強く、不動産ディベロッパーが設計者を雇うことがほとんどだったんです。だから建築家や設計事務所は不動産会社が苦手だったんだと思います(笑)。実際、建築家の方たちは不動産屋に対して「クリエイティブな意見が理解されない」「ものづくりに対するリスペクトもない経済合理主義で、四角くてわかりやすい建物を大量に作りたいだけだろう?」といった偏見を持っていることも多かった。それに対して、不動産屋はといえば、建築家に対して「デザインは格好いいけど、お金のことを考えてない」「自分たちが創りたい作品を作って満足しているんだろう」と思っている人が多かったんです。でも、そんなふうにお互いのことを思っている限り、溶け合うことはないですから。だからこそ、我々が間に入ってそれぞれの良さを活かしてバランスを取ることができれば、一番、施主さんの役に立つだろうと考えました。

―『REDO JIMBOCHO(リド神保町)』は旧耐震の建物を現代に甦らせました。そういったヴィンテージ物件を扱われることも多いですか?

多いです。私どもの事務所が入っているこのビルも、プロジェクトにアサインされた際は築55年のボロボロの空きビルでした。それを再生して欲しいと依頼をいただいたので、建築家とタッグを組んでこの形に蘇らせました。ただ、ヴィンテージ物件には越えなきゃいけないハードルがたくさんあるんです。正直、新築を建てた方がどんなに楽か、とも思います(笑)。そのハードルの1つが、建築基準法という法律の壁です。先ほども言ったように昭和の時代から、日本は新しい住宅を作れ、作れと推奨してきたので、建築基準法も基本、新しい建築を作るための法律なんです。つまり古い建物を長く使っていくための法律にはなっていない。アメリカやイギリスでは100年以上経った建物は、もっと価値が出るとみんなが信じて、受け継いでいますけど、日本ではほとんどそれが信じられていないですしね。その法律の壁というのは、建築士がクリアしなくちゃいけない一番大きなハードルだと思います。それに対して不動産屋が越えなきゃいけないハードルは「この建物はすごく古いけど、頑丈で長持ちだし、デザイン的にも地域の愛着的にも価値がある」ということを、つまりは稼げる物件だと銀行に理解してもらうことです。じゃないと、銀行の融資がおりないから。そこを変えていくことも、我々の使命だと思っています。


REDO JIMBOCHO(リド神保町) 設計監理:渡邊明弘建築設計事務所

―高橋さんが考える、古いビルを後世に受け継ぐ良さ、魅力を教えてください。

うちは代々、大工の家系だったんです。曾祖父は宮大工を、祖父は丹波篠山で田舎大工をしていて、私の高橋寿太郎という名前も、実は祖父から襲名しました。なので、私の実家には彼らが使っていた歴史を感じる古道具がたくさん残っているので、最近それらを5歳になる子供に使い方を教えながら、少しずつ受け継いでいっています。新しいものには新しいものの良さがあるように、長い歴史を持った物にもまた良さがあって、そうしたものに囲まれる暮らしには、豊かさがあるということを知ってもらいたいからです。それを子供にしっかり継承していくことも、私の父親としての使命だと考えました。これは建物に対しても言えることで…古い建物には長い年月をかけて育まれた歴史があり、代々、受け継がれてきた良さがあります。もっとも、日本には新しくていい建築がまだまだ必要なのも事実ですが、SDGsの観点からも建設工事や解体工事は二酸化炭素を膨大に放出してしまうと考えても、価値のある建築を不必要に壊すのはやめる世の中になればいいなと思っています。

―そうした世の中にしていくために乗り越えるべき課題を教えてください。

いっぱいありますが、パッと思い浮かんだのは、まだまだそれができる技術者が少ないことだと思います。新しい建物を作る専門家はたくさんいらっしゃるんですが…いや、そっちも足りていないと言われている昨今ですが、古い建物を活かして再生させる技術者はさらにめちゃくちゃ少ないです。設計士も、施工する人も、お金を貸す人も、です。古い建物を再生させることへの理解は進んでいて、例えば長きにわたって耐震補強事業を展開されてきた株式会社キーマンさんは施工の分野で先頭を走っていますし、不動産コンサルタントでは僕らがそうだと自負していますが、全体で見ると0.01%に過ぎません。それが1%くらいになってくると一気に物事が動き始めると思うんですけどね。ただ、幸か不幸か、近年は思わぬところからカウンターパンチが飛んできて動き出しそうな気配はあります。

創造系不動産 高橋寿太郎氏

―思わぬカウンターパンチとは?

世界中が予測できなかった新型コロナウイルスの感染拡大に端を発した、地球規模のインフレーションによる物価の上昇です。それによって日本でも30年ぶりのインフレが起き、建設界でもいろんな資材が高騰しすぎて予算に合わず、新しい建物を建てにくい状況になってしまった。それを受けて、建設関係や設計の技術者をはじめ、金融機関が『古い建物がたくさんあるんだから、それをうまく活用すればいいじゃないか』ということにようやく気づいてくれたんです。これは我々にとってはかなりの追い風だと思っています。

―御社が取り組む「建築と不動産のあいだを追究する」事業の深まりを目指して、12年には創造系スクールを開校されています。また22年には神奈川大学建築学部教授にも着任されました。そのような世の中での認知を広める活動を通して、0.01%が少しずつ1%に近づいている感覚は持てていらっしゃいますか。

いや、まだまだ新築を建てたいという人の方が圧倒的に多いと思います。特に教えている側の意識がまだまだその傾向にあるからこそ、教えられる側もその意識が大きくなってしまっている気もします。0.01%に特化した皆さんには、再生する技術もデザインも、ファイナンスも舌を巻くくらいすごい能力を持たれた方がたくさんいるんですが、まだまだ一般化されていません。なので人不足も解消できないままなのかな、と。というのも、設計者の立場からすると、建築って新築の方がイレギュラーが少ないんです。それに対し、古いものを活かして再生させるのはすごく大変で、特別な技術、知識も必要になります。ヴィンテージ物件の良さ、歴史を受け継ぐことへのハートも大事になってきます。その部分の喚起を含め、我々の仕事を通してまだまだ尽力しなければいけない部分はたくさんあると感じています。

―高橋さんから見て1981年以前の旧耐震物件に対する顧客側の反応はいかがでしょう?

正直、そちらも、まだまだ旧耐震物件に対して誤った理解をしている人が多い気がします。特に、日本人には『旧耐震ビルは耐震性が低いんじゃないか』というような漠然とした不安があるというか。大きな地震を何度か経験しているが故の生存感覚でそう思っていらっしゃる方が多い気がします。これはハウスメーカーなどが「うちのビルは耐震性がすごいです!」というようなことを謳って購買欲求を喚起させていることの影響もあるかも知れません。もちろん震災などで大変な思いをされた方も多いので、耐震性を高めたい気持ちは十分にわかるんですけどね。

―でも、耐震性を高めたいのであれば、旧耐震物件でも方法はあると。

その通りです。もちろん、古い建物はそれなりに弱いです。でも弊社が入っているこのビルも然り、耐震補強をしっかり行えば、現代と同等の耐震性を備えることは可能です。ただ、それに関しては現状、設計者や施工者以上に、建主の意思が旧耐震物件を蘇らせている例が多いことからも建主、所有者、オーナーの意思が要になるのかなとは思っています。そういえば、弊社が入っているこのビルの個人オーナーさんは、大企業でマネージャーをされるような方で、海外出張もたくさん経験されてきた方なんですが、その人に言われたんです。「アメリカやヨーロッパには築100年を超えてすごく価値のある、格好良くて不動産価値としても高まっているような物件がたくさんある。なのに、どうして日本は、たかだか築50年強の物件のオーナーである私に、ハウスメーカーから建て替えのプランばかりが山ほど届くんだ? リノベーションで再生させようという案が1つもないのはなぜですか?」と。その言葉からも、今の日本はまだまだオーナーのリテラシーに頼っているのが現状だと思います。

創造系不動産 高橋寿太郎氏

―ここまでのお話を聞いていて愚問かもしれませんが、高橋さんご自身は再び建築家に戻ろうとは考えないですか?

一切考えない…と言えば嘘になるかもですが、優秀な建築家がたくさんいらっしゃいますし、今、この業界に足りていないのは、僕のように建築と不動産のあいだでバランス調整機みたいな役割をできる人材なので。それがいなくなると、ますます建築と不動産がバランスを欠いて、建築家がなお一層、働きにくくなっちゃう気もしますしね(笑)。そういう世の中にはしたくないからこそ、僕はバランス調整機としての役割に徹しようと思っているし、僕と同じような仕事ができる後進をどこまで増やせるかが建築界への恩返しだと考えています。

―最後に今後の野望や実現したいことがあれば聞かせてください。

ここ最近、不動産コンサルティングとしてやれることを拡大していきたいという思いが強くなっています。難しいし、時間もかかるし、自分が絶対に出ていかなくちゃいけなくなるから縮小しようと思っていた時期もあったんですけど、なぜか今は会社的にも社会的にも、不動産コンサルティングを伸ばそうとなっています。それによって歴史に名を残せるような仕事に携われたら嬉しいですね。

“高橋寿太郎さんからのMessage”
「国土交通省も不動産コンサルティング業務促進の方針を示すなど、参入を後押しする環境も整ってきていますし、不動産コンサルティングに関する新しい雑誌が生まれます。
私も不動産コンサルティングに関する書籍を出版する予定です。今年(2025年)は「不動産コンサルティング2.0」とも言われる年になるかもしれませんので、要注目です。」

インタビュー・文/高村美砂(フリーランスライター)
写真提供:
創造系不動産株式会社サイト|https://www.souzou-kei.com/
株式会社キーマンサイト|https://www.keyman.co.jp/