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ヴィンテージ物件の魅力
『知と美の集積である日本建築に価値を見出す』9(ナイン)株式会社代表 久田一男
『知と美の集積である日本建築に価値を見出す。』
オーナー/9(ナイン)株式会社代表取締役社長・久田一男氏
―9(ナイン)株式会社さん手がける事業について教えてください。
古い建物や空き家、空きビル、遊休地の再生「リノベーション」が主な事業です。11年11月に弊社を設立しましたが、僕自身は、以前に勤めていた会社から含めると、この仕事に携わって20年くらいになります。
―リノベーションに興味を惹かれた理由を聞かせてください。
僕はもともと大工あがりですが、建築士の免許がないので新築の仕事はできなかったんです。でもリノベーションは、内装工事なので免許がなくてもできるな、と。2000年前後から世の中でも「リノベーション」という言葉が聞かれるようになり、07年にはリノベーション協議会が立ち上がるなど、リノベーションがブームになりつつあったのもありました。ただ、当時は、リノベーションをする際に、どこに頼めばいいのかが明確ではなかったんですよね。設計事務所に行けばいいのか、不動産屋さんに尋ねればいいのか、工務店にお願いするのか。なので、それをワンストップでやれる会社があればいいな、と思い本格的にリノベーション事業を始め、それがナイン設立につながりました。
―事業を展開していく上で、久田さんがもっとも大事にされている部分を教えてください。
デザインです。ヨーロッパって、建物それぞれにすごく重厚感があって街並みもすごく綺麗じゃないですか? 室内もすごく個性があって格好いい。でも、日本の住宅はありえないほどチープな見た目なものが多いんですよね。実際、日本人って、着ている服は一人一人に個性があるのに、家に関しては、ハウスメーカーが作る画一的な家が当たり前になっていることに違和感を感じない人が多い。でも、家やインテリアも、服のようにみんなと同じ制服を着て一生を過ごす必要はなく、自由に好きなのものを選べばいい。でも、じゃあ、なぜ画一的な家ばかりになってしまったのかを考えると、結局、完成形で売られる住宅が当たり前になっているからだと思うんです。そこで、まずは個性のある格好いい家をもっと増やしたいとオーダーメイドのリノベーション事業をスタートさせました。でも正直、それだけではなかなか普及していかなかったため、次に『未完成住宅』を始めたんです。要するに90%まではハウスメーカーで作ってもらうけど、残りの10%だけはオーダーメイドにしましょうよ、と。それだけでも部屋ごとにかなり個性が生まれると思いました。
―残りの10%とはどの部分ですか。
クロスと床材です。日本の住宅って、ほとんどの場合、床に木製のフローリングが貼られているじゃないですか? でもだから、全体の部屋のコーディネートをする際に、ヨーロッパのアンティーク家具やモダンなデザインの椅子を合わせようとしてもなかなかマッチしない。日本ではなかなか家具が売れないのもそこに理由があると思います。でも、好きな家具に合わせて、クロスや床材を選択できるようになったら? それだけですごく格好いい部屋になります。それに、完成した住宅に対するディベロッパーへのクレームのほとんどが、クロスや床に傷が入っている、といった仕上げについてなんです。『未完成住宅』にすればその仕上げのリスクも負わなくていいし、工事も簡単になる、と。つまり売る側も、買う側も双方にとっていいよね、という思いもありました。結果的に、家の買い方というか、ローンのシステムから変えなくちゃいけないこともあって、なかなか難しかったというのは正直なところですが、まだ諦めたわけではないです。
―久田さんご自身はどんな立場で仕事に携わられるのですか?
コーディネーターです。僕が物件を見つけて、デザインというかプランを立てて全体の絵を描き、うちのスタッフが図面を引いて、業者さんに発注するという流れで仕事をしています。
―ご自身の根源にある、アーティステックな感性はどうやって培われたのでしょうか。
もともと僕は学校法人専修学校東京モード学園ファッションデザイン科を卒業して、ファッションの仕事をしていたんです。でも、挫折しました(笑)。というのも洋服って、床に広げた時に、必ずどこかにもっこりとした膨らみができるので綺麗に畳めないじゃないですか? それは、服にはダーツが入っているからなんです。実際、服を作る時って、基本的にボディに合わせて、生地をつまみながらピンを刺し、ラインを合わせていくんです。だから曲線が美しく、形づくられる。でも、僕たち日本人って着物の文化なんですよね。そして着物にはダーツがなく直線で作られている。だから、床に置いた時に、ピタッと平面に折り畳める。…というそもそものルーツの違いもあってか、僕には服づくりにおいてどうしてもダーツをとっていくという概念が持てなかった。「それ、適当すぎるやん」という考えが先に来てしまって、僕には向いていないと思いました。
R-NAGAYA|古民家再生 リノベーション デザイン
ANAGULA(アナグラ)|プライベートサウナ|大阪肥後橋
―携わられた古民家は、それぞれに用途を変えて現代にも違和感なく溶け込んでいます。伝統工法で作られた古民家に感じられている魅力をもう少し聞かせてください。
まずは、さっきも言った何百年、何千年の集積が生み出した、限りない美しさに魅力を感じます。実は、僕自身も築100年ほどの古民家で育ちましたが、谷崎潤一郎さんの随筆『陰翳礼讃』の言葉の通り、家の中で明るいところと、すごく暗いところが共存していて、神聖さを感じる作りになっているのもすごく惹かれます。また、釘を使わない伝統工法で作られた建築は、構造体がすべてバラせて再構築できるのもいいし、どの家も襖や畳が同じサイズで作られているので、仮にこの家の躯体には合わないとなっても、他の家で利用できる。つまり、材料を永続的に使うことを前提に作っているのも伝統工法の良さだと思います。また今の時代、古い家だというと耐震が心配だ、という声も聞かれますが、法隆寺は1300年を超える歴史を数えますし、日本最古の民家、神戸の箱木家住宅(兵庫県神戸市北区山田町)主屋も室町時代に建てられたと言われています。これだけ地震がすごく多い国で、です。そこにある木造建築の技術は、継承していくべきだと思っています。
―古民家の魅力を伺っておきながら愚問ですが、実際に住んだり、利用する上で不具合などは感じませんか?
不具合は正直、いっぱいあります(笑)。でも僕は、今の時代の便利さばかり求める考え方がそもそもすべてを台無しにしているんじゃないかと考えています。服でもそうですよね? 快適だから、楽だからと常にジャージで過ごしますか? もちろん、それでいいと言われる方もいるかも知れませんが、ほとんどの方がそれぞれにいろんな服を楽しんでいらっしゃいます。機能性だけに特化すればやや難があっても、デザインが好きとか、格好いいから、という理由で好みの服を身に纏います。古民家もそれと同じで、寒さや住みにくさも当然ありますけど、良さも美しさもある。つまり、すべてにおいてリラックスばかりを求める風潮が僕はそもそもナンセンスだと考えています。
―そして、22年後半からは、サウナ人気の高まりを受けてサウナ事業『SAUN 9 NE(サウナイン)』をスタートされました。
長野県の野尻湖の近くにある『The Sauna』さんに連れて行ってもらって、圧倒的な気持ち良さを感じたのと、地方に人を呼ぶためのコンテンツとしてもすごく優れていると感じたのが始まりです。僕も車で4時間ほどかけて訪れましたが、それが全然苦にならないほどすごく満足した時間を過ごせました。そのことからも、日本の温泉が出ていない地方を創生させる上で、サウナはすごく強力なコンテンツになるな、と。日本はどこにでも美しい風景があり、美しい水が出ますしね。地方に限らずとも、すでに東京の北参道や、大阪の弁天町や天満宮などでも『SAUN 9 NE』を始めていますし、今後も東京奥多摩、新潟妙高高原などで新たな『SAUN 9 NE』を開業する予定です。それもあって今年に入って視察も兼ねてオランダやドイツまでサウナに入りに行ってきました(笑)
SAUN9NE(サウナイン)東京北参道 サウナ室
SAUN9NE(サウナイン)東京北参道 リビングルーム
SAUN9NE(サウナイン)北参道 図面
―日本のサウナとの違いで感じられたことはありましたか?
ドイツはとにかくすごく大きいです。野球場が2〜3個分入るくらいの敷地に、母屋と外部の両方にたくさんのサウナ小屋があって、プールもあります。室内にはレストランやラウンジバー、仮眠室もあるので1日中そこで過ごせます。また日本のサウナとの大きな違いは、アウフグースです。10数個あるサウナのどの部屋で、どの時間にアウフグースマイスターがアウフグースをしてくれるのかが張り出されているので、人気のアウフグースマイスターの部屋には行列ができていました。そして1つのサウナに30人くらいが入って、ショーのようにアウフグースが行われます。それが終わればまた違うサウナで、違うアウフグースを受ける、みたいな。あれはすごくいいなと思いました。
―日本のサウナよりオープンな雰囲気が想像できます。
そうなんです。日本のサウナってどこに行っても、おじさんが多くて、あまり綺麗なイメージがないじゃないですか? でも海外はすごくスタイリッシュで、みんながリラックスして時間を過ごしていますし、男女混浴ながら人のことをジロジロと見ることもなく自由に過ごしています。さすがに日本では全裸男女混浴は無理だと思いますが、スタイリッシュで寛げる空間というのは日本のサウナにも取り入れられるんじゃないかと思っています。ただ、日本のサウナにも特有の良さはあって…例えば『整う』という感覚を得られるのは、日本だけだと思うんです。海外にも水風呂はありますが小さいからほぼ誰も入らないし、サウナを出れば外気浴をするという感じなので、おそらくみんな、整ってはいない。それもあって、将来的には日本の『整う』サウナを輸出したいなとも考えています。そのためにも、まずはインバウンド旅行者の方をターゲットに日本のサウナの良さを知ってもらいたいと思っています。
―新潟妙高高原にも作られているということですが、そうした地方の物件はどうやって探されるのですか?
ジモティとか(笑)? いや、冗談じゃなく物件は、本当に意外とそれで見つかることが多いです。500万円以下の物件は、不動産業者も扱わないことが多いですしね。なので、ジモティや家市場など、売主と直でつながるプラットホームはすごく便利に利用しています。実際、妙高の物件は家市場で買い、来年2月にオープン予定の妙高高原はジモティで買いました。アクセスは少し不便ですが、正直、海外の富裕層をターゲットにすると、それは問われなくなるというか。むしろ、遠ければ遠いほど、人里離れた場所であるほどいいという方もいらっしゃいます。実際、海外のラグジュアリーなリゾートはほぼそういう場所にありますしね。だからこそ、僕も物件を探す上ではアクセスよりロケーションを第一に考えますし、リノベーションしやすい物件かそうじゃない物件かの見極めも大事だと思っています。
SAUN9NE(サウナイン)新潟妙高高原(来年2月OPEN予定)
SAUN9NE(サウナイン)新潟妙高高原 図面
―今後の展開として考えていることがあれば教えてください。
サウナをコンテンツにした地方創生事業を全国展開していきたいと思っていますが、まずはそのモデルケースとして新潟妙高高原のパブリックサウナを有する分散型ホテルの事業をうまく進めたいと思っています。妙高は雪も積もるし、雪とサウナという組み合わせも楽しめるので僕自身、完成が楽しみです。
インタビュー・文/高村美砂(フリーランスライター)
写真提供:9(ナイン)株式会社|9(ナイン)株式会社サイト|https://www.ninedesign.jp/