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ヴィンテージ物件の魅力

「大阪の高級貸切宿「今昔荘」の挑戦」株式会社ファンバウンド代表 大門拓童

『今昔荘』

オーナー/株式会社ファンバウンド代表取締役社長・大門拓童さん

『大阪の高級貸切宿「今昔荘」の挑戦』

―大阪を中心に高級貸切宿『今昔荘』の開発・運営を始めたきっかけを教えてください。

もともと僕は、2016年までエンジニアリング会社の海外駐在員としてアメリカやインドネシアで仕事をしていました。その会社を退職して帰国した際、大阪がインバウンドによって大きく様変わりしていく勢いや熱を目の当たりにしたことで新たなビジネスを始めたんです。それが、難波の駅前に作った、インバウンドの方向けの荷物預かり所でした。当時は世の中的に、団体ツアーを組んで来日するゲストが大きく減少している傾向にありFIT(Foreign Independent Tour)と呼ばれる個人旅行のゲストが増えていた時期だったんです。かつ、大阪市が2016年10月に国家戦略特区法(以下、特区民泊)を緩和し、2泊3日以上という短期のゲストにも宿をお貸しできるようになったタイミングでもありました。つまり、大阪で合法的に民泊をできるようになったのですが、ガイドラインを読むと「本人確認をするように」ということが明記されていて…。でも、民泊って基本的に暗証番号を受け取って勝手に鍵を開けて入るので本人確認をするプロセスがないじゃないですか? ということを踏まえて本人確認を代行することへの需要が生まれるんじゃないかと考え、手荷物預かり所を作って民泊のチェックインを請け負う仕事を始めたんです。そしたら一気に半年で300件ほど依頼をいただけるようになり、その仕事を続けていく中で、ゲストの方々のニーズや、どんな物件が求められていて、収益性が高いか、みたいなことも見えてきたんです。また、インバウンドの需要に十分に対応できていない宿泊施設が多い現状も知りました。そこで、自分たちで民泊施設を運営してみようという話が持ち上がり『今昔荘』がスタートしました。

株式会社ファンバウンド 代表取締役社長 大門拓童さん

―何か参考にされた物件もあったのですか?

京都は僕たちにとっていいモデルケースでした。というのも、京都は古民家の保存、および活用を推進するため標準的な規模の古民家を用途変更をせずに宿や飲食店にすることが認められている地域なんです。それは、我々の事業のストーリー性とかなり近かったことから、すごく参考になりました。
―前職から全く違う世界でビジネスを始められることに抵抗はなかったですか?
よくそう言われるんですが(笑)、実は僕自身は、大きく違わないんじゃないかと思っているんです。というのも、エンジニアリング会社時代はプロジェクトマネージメントという部署にいて、いろんな国をまわっていたのですが、原則、案件を組成して、お金の工面をし、需要を見極めるところから始まって、デザイン、設計をして、工事が始まって、事業を開始するというプロセスは、宿運営と全く同じなんです。企業勤めをしていた時は億単位の予算で動いていたことを考えると、規模感はすごく小さくなったんですけど(笑)。また、当時は海外駐在員としてクライアントのほとんどが外国人の方たちだったという経験も大いに活かされました。弊社では、チェックイン事業をしていた時代からたくさんの外国人の方を雇用していますが、彼らをどうマネージメントしていくかにおいても、サラリーマン時代の経験がすごく参考になっています。

―チェックイン事業を通して、ゲストの方々のニーズが見えてきたというお話がありました。もう少し、具体的に教えてください。

大阪は、財政的にもインバウンドの需要が大きな割合を占めているのですが、大阪への宿泊を希望されるゲストの方々の第一の理由は利便性の良さなんです。実際、大阪を拠点にされる方のほとんどが、ユニバーサルスタジオジャパンをはじめとする観光地はもちろん、京都や神戸など関西圏のいろいろな場所に足を運びたいと考えている方でした。加えて、単価が高いのに稼働率の高い施設は総じて、ある程度の広さとグレード感があるという傾向も見られたことも、高級貸切宿という発想につながりました。ただ、いざ大阪の中心地で不動産を探し始めたら、ほとんどが手付かずのまま取り残されているような建物ばかりにいき当たったというか。場所としては申し分ないのに廃墟になっている、みたいな物件がたくさんあって、その新たな活用を考えていらっしゃるオーナー様もすごく多かった。それを踏まえて、空き家、空きビル物件をうまく活用すれば、僕らの宿ビジネスもうまく広げていけるんじゃないか、と考え、2018年5月に道頓堀で今昔荘の1号店となる『今昔荘大阪 道頓堀―寄合―』をスタートさせたんです。その時は、資金もなかったので、自らDIYでリノベーションして宿にしました(笑)。そしたら、そのモデルがすぐに軌道に乗り、売上としてもしっかり立ったので横展開していくことにしました。

―現在、11の施設を運営されていますが、それぞれにコンセプトや雰囲気も違うそうですね。

『今昔荘』というネーミングには、その土地の歴史(=昔)と、現代の快適性(=今)を調和させた施設を作りたいという思いを込めているため、毎回、場所が決まれば、まずはその地域の歴史を学ぶことから始めて、コンセプトを決めていきます。というのも、来日いただくインバウンドの方にとっては「なぜ、このコンセプトなのか」の「なぜ」の部分が日本を知る上での深みや面白さにつながっていくだろうと考えたからです。それもあって、施設ごとに、ゲストの方が宿泊体験を人にしゃべってみたくなるようなストーリー性を見出し、それぞれに見合う雰囲気やデザインを施しています。

―『今昔荘 大阪 天保山 – 高灯籠 – 』と『今昔荘 大阪 天保山 - 生洲 -』を要するこの建物は、旧耐震物件に耐震補強を行って宿として生まれ変わりました。ここにはどんなコンセプトを描かれたのでしょうか。

まず『高灯籠』は、天保山の物件ということで大阪港の歴史を学ぶところから始めました。すると、大阪港は、その昔、たくさんの船が集まってくる場所で、水運に支えられて経済と文化の中心都市として発展したことがわかったんです。いわば『水の都』大阪の入り口になるような場所だった、と。その目印というか、シンボルとして、この地域にはビルほどの大きな高灯籠があり、多くの船がそこを目掛けて集まってきていたとも知りました。その高灯籠に代わる現代の大阪港のシンボルが天保山大観覧車だ、と。実際、観覧車は夜になるとカラフルに彩られ、街のシンボルとして輝いています。そのストーリーをもとに、新旧ランドマークの融合をコンセプトに掲げ、部屋のテラスから観覧車を楽しめるテラスを売りにデザインを考えました。

高灯籠のリビング

高灯籠から見える観覧車

―同じ建物の2階にある『生洲』はどうでしょう。

天保山といえば世界最大級とされる『海遊館』が人気スポットということで、『生洲』は水族館の歴史を遡ることから始めました。すると、今の時代でいう水族館は、生洲にルーツがあることがわかったんです。昔は生洲に泳がせる魚を…それこそ池の鯉のように、上から見て背中の模様を楽しんでいたとも聞きました。その話をヒントに今と昔の水族館体験をコンセプトにしようということになり、プロジェクションマッピングを用いた演出を考えました。入浴剤で白濁させたお湯の表面にプロジェクターで照射すれば、魚が泳いでいる雰囲気を楽しんでいただけます。

生洲のプロジェクションマッピングの様子

生洲の内観とプロジェクションマッピング

―この2つは2022年5月にオープンされたと伺いました。コロナ禍の真っ只中にプロジェクトを始められたのですか?

そうなんです。もともとは19年にプロジェクトを立ち上げ、20年から工事を始めようとしていたのですが、そのタイミングでコロナ禍に突入してしまい、一時は計画が頓挫したんです。ですが、オーナー様にコロナ禍での工事再開を英断していただいたことで22年3月に工事が終了しました。結果的に、同年10月にはインバウンドの方々の空港利用が再開したことを踏まえても、非常にいいタイミングでオープンできたと思っています。

 

―実際にそれぞれの宿を利用されたインバウンドの方々の反響は耳に届いていらっしゃいますか。

それぞれにご好評をいただいています。僕らが作るのは、基本的に、料理を提供できるホテルなどとは違い、食事は外で済ませてきてもらうことを前提にした宿ですから。基本的には、部屋で過ごしていただくのは、遊びに出掛け、食事を終えて戻ってから翌朝チェックアウトするまでの時間ということになります。それもあって、どの施設も『宿泊の夜』をいかに楽しく、面白いものにできるかに全振りしてデザインを考えています。浴室やリビングに面白さを見出していただくような仕掛けが多いのもその理由からですが、場所を変えてリピートしていただく方もいたりして、僕たちとしても嬉しい限りです。

 

高灯籠のリビングの風景

生洲のリビングの風景

―旧耐震物件を高級貸切宿として蘇らせる良さはどんなところに感じられていますか。

まず、大前提として、古い建物にはこれから新しく建つ建物には決して見出せない良さが多分にあると感じています。特に僕らのように、歴史的ルーツも大切にしながら、それをコンセプトに落とし込む上では、古い和のテイストが大きなカギになるからこそ、建物自体が備える古き良き部分を活かして建物を蘇らせられることに大きな魅力を感じています。また、旧耐震物件を壊して新たに建てるとなれば、現代の建蔽率に合わせて現状より小さなものしか建てられないですが、そのまま利用するとなれば以前のままの広さを確保できます。何より、旧耐震物件を含めて昔の物件が建っている場所は、どれもすごくいい立地にあるのもすごく魅力を感じる部分です。裏を返せば、都会のど真ん中に建っているからこそ、簡単に潰して建て直すことができない物件も数多くあるというのも、実感しています。また、思い入れの深い建物や、その歴史をそのまま終わらせてしまうのではなく、違う形で後世に受け継ぎ、新しい時代に受け入れてもらえているのもとても嬉しいです。

―逆に旧耐震物件を利用する難しさを感じるところもあるのでしょうか。

例えばですが、いい立地の旧耐震物件を購入して宿にしたいというオーナーさんがいらっしゃった時に、旧耐震物件のままでは銀行の融資がつかないということは正直、壁に感じていることの1つです。実際、すごくいい場所に建っていて、広さも申し分ないし、建物自体もすごく気に入ったとなっても「旧耐震物件だと融資が降りないから」と購入を見送られたケースもありました。僕らの事業は、どうしても設備投資に費用がかかるため、建物の購入だけではなく、その部分にも融資を必要とされる方が多いと考えても、耐震補強費までを含めた融資をしっかり取れるようになれば、より旧耐震物件の可能性は広がっていくんじゃないかと感じています。

―最後に『今昔荘』の将来像を聞かせてください。

今昔荘に関するビジネスモデルはずっと大阪で展開してきましたが、我々が運営する直営店を東京にも広げていきたいと考えています。大阪と同じように東京にも、最初にお話しした利便性、広さ、グレード感という3つの条件を満たせそうな、だけど使われてない古い建物が数多くあるのも理由の1つです。またこのビジネスモデルをフランチャイズのパッケージにして全国展開していきたいという思いもあります。というのも、集客については、どの場所でもできますが、現場のオペレーションは我々が遠隔から操作するのは無理なので、そこをやっていただく前提で加盟企業さんをフランチャイズで募集したいな、と。これについてはすでに始めていて、手を挙げていただいている地域もあります。2018年5月に住宅宿泊事業法ができ、そのタイミングで200平米以下の建物は建築確認申請せずに事業をしても構わないという法改正も行われたので、今は事業としてもすごくやりやすくなっています。ぜひ興味がある方にはお声がけいただければと思います。

―茶の湯の文化をコンセプトにされた『今昔荘 大阪 天下茶屋―日本茶―』は今年の日本一の民泊施設を決める「BEST OF MINPAKU」でグランプリを受賞されました。その反響も大きいのではないですか?

そうですね。様々なメディアでもご紹介いただき、いろんな方に認知していただけることにも繋がりました。それも励みにしながら、これからもよりゲストの方の満足度を高められるような宿づくりに尽力していきたいと思っています。

今昔荘 大阪 天下茶屋―日本茶―のリビングの風景

インタビュー・文/高村美砂(フリーランスライター)