VINTAGE
ヴィンテージ物件の魅力
「ビルを育てながら、神保町のシンボルに」株式会社キーマン代表 片山寿夫
『複合施設 REDO 神保町プロジェクト』
オーナー/株式会社キーマン代表取締役社長・片山寿夫氏
『ビルを育てながら、神保町のシンボルに』
―東京・神田神保町に誕生した複合施設『REDO JIMBOCHO』。そもそもなぜ旧耐震物件を買い取って新しいビルとして再生させようと思われたのでしょうか。
僕が経営している株式会社キーマンは創業当初から建築物の補修、補強工事に特化した事業を手掛けてきました。それは今も変わっていないのですが、並行して、この耐震補強の技術を他のジャンルにも活かせないか、とも考えていたんです。その流れから新たな事業として『REDO』プロジェクトを立ち上げました。これは、1981年以前に建てられた、いわゆる『旧耐震建築』の再生運用と、旧耐震不動産の流通促進・活性化を軸に、新しい建物を創るのではなく古い建物を最大限に生かして再利用させることを目指したプロジェクトです。社会問題にもなっている空き家問題の解決や、循環型社会・脱炭素社会の実現、まちづくりに貢献したいという思いもありました。その旧耐震建築再生運用の最初の取り組みが、昨年7月にオープンした複合施設『REDO JIMBOCHO』です。と言っても、当時の弊社にはそのための専門知識を持った人材がほぼいなかったこともあり、まずは僕を中心に各分野の専門的な方々にご協力をいただいて『REDO 神保町プロジェクトチーム』を立ち上げました。
―プロジェクトチームを立ち上げられたのはいつ頃ですか?
正式にスタートしたのは2022年4月です。実は、物件自体はもっと前に購入していたのですが、しばらくは本業の業績やコロナ禍等の状況も鑑みて、手付かずだったんです。そこから時間が過ぎ、ようやく社内的にも体制が整ったことを受け、晴れてスタートを切りました。
株式会社キーマン 代表取締役 片山寿夫さん
―物件を購入する際にこだわった部分を教えてください。
まず物件は、不動産屋さんにある程度のこちらの希望条件とともに「旧耐震物件を購入したい」という旨を伝えて、探していただきました。その上で今回の物件を提示いただいたのですが、建物自体は、初めて見に行った時に一目惚れでした(笑)。旧耐震建築は東京23区内だけでも5万件ほどあると言われていますが、ほとんどが立地的にすごくいい場所に建っているんです。この『REDO JIMBOCHO』も神保町駅から徒歩3分くらいの場所だったのと、見た目の無骨さや角地の物件ということにも惹かれました。僕は、若い頃から古いものに惹かれる傾向があったというか。古着も大好きだし、インテリアも新しい家具より、ビンテージ家具に魅力を感じることが多かったんです。それと同じで建物も、古いほど味わい深さを感じるというか。格好いいな、面白いなって思うことが多かったので、そうした自分の感性と合致したことも、一目惚れに繋がったんだと思います。海外でもよく100年、200年もの歴史を数える建築物をそのまま再利用して格好いい美術館にしたり、カフェとして再利用したりしているじゃないですか? あれと似たような感覚で、日本の旧耐震建築も時代にマッチした、現在・未来にも喜ばれるような形に再生できる可能性はいくらでもあると思うんです。僕にとってはこのビルもその未来を想像しやすかった。
―以前の建築物としての魅力を残した外観にされたのもその理由ですか?
その通りです。もちろん、手法的には旧耐震建築を全く新しいビルに蘇らせることもできるのですが、今回は単純に僕の好みをもとに、敢えて以前のビルの魅力を残したまま補強工事を行うことにしました。実はこれについてはプロジェクトチーム内でもいろんな賛否はあったんです。「一歩間違えれば汚いとか、古い感じに見えてしまうんじゃないか」的な意見も聞かれました。そこは好みの問題なのでどちらがいいということではないと思いますが、最終的には自分の直感を信じて、貫きました。
―現在は、1階をインキュベーション型のレストラン『10COUNTER』に、2階をアートカルチャー&サロンに、3〜5階をシェアハウスに、とした複合施設として利用されています。それはあらかじめ決められていたのでしょうか。
正直、買った当初は全くのノープランだったので、プロジェクトチームを立ち上げてから、月2〜3回の定例会の中でそれぞれが専門分野のもとで意見を持ち寄って、この形に収まったという感じです。大枠のテーマに『シェア』を掲げようと決めた上で、どんなことができるのか、収入的にも安定して運営できるシュミレーションをしながら決めていきました。
―フロアを考えられる順序みたいなのもありましたか?
最初に決めたのは3〜5階部分です。このビルにはエレベーターがついておらず、階段を利用しなければいけないことを踏まえて、まず3〜5階を、階段の上り下りをさほど苦にしないであろう若い世代向けのシェアハウスにしようと決めました。運営に関しては、都内で45棟の国際シェアハウスを運営しているボーダレスハウスにお願いし、外国人と日本人が半々ずつ住むシェアハウスにしています。その上で、1、2階の利用方法を考えたのですが、特に1階部分は悩みました。
1F 「10COUNTER」の第1号店となるフレンチレストラン「anneau」
2F アート&カルチャーサロン「Place of Artrioーアトリオー」
―現在は、初期費用や事業の立ち上げをサポートするインキュベーション型レストランとして運営されています。
実は、当初はそうではなく、曜日替わりでいろんなジャンルのレストランをしたらどうか、と考えていたんです。月曜日は居酒屋、火曜日はイタリアン、水曜日はフレンチ…というように。ただ、シェアキッチンを運営している方々に実際にお話をお伺いした結果、複数の店舗を曜日替わりで運営することに関してさまざまな課題が出てきました。そこでポップアップ的に、1ヶ月ごとに全国各地の人気店を呼んでみるのはどうか、と思い、実際に大阪の人気フレンチレストランに食事に出掛け、話を持ちかけてみたんです。すると、オーナーシェフから「大阪でも半年間待ってくださっているお客さんがいるのに、それを置いて1ヶ月店を開けて東京に行くのは現実的じゃない」と言われて、そりゃそうだな、と(苦笑)。でもその際に「食の世界には若くて勢いもあって、独立したいという野心もあるけど、お金がなくてできない、という料理人がたくさんいる。その支援型のレストランはどうですか?」と提案していただいて。それは面白いかもな、と思い、実際にその方にご協力いただいて呼びかけてもらったら、1日で30人くらいの方たちが手を挙げてくださったんです。それを受けて、現在の形式で進めてみようということになり、面接や試食会を経て、今は、女性シェフがフレンチのお店『anneau(アノー)』を運営してくれています。基本的には2年以内でシェフが独立できるよう支援をしています。
外から見た「anneau」の様子
―2階のアート&カルチャーサロンは、イベントはもちろん、スポーツ観戦会、懇親会としての利用も多いようですね。
実は2階に関しても当初は、コロナ禍を乗り越え、世の中的に働き方が変わってきたことを踏まえてワーキングスペースとしてスタートしたんです。ですが、それを認知していただく手段のところで苦戦したことや、実際にオープンしてからのニーズを踏まえて、今はアート&カルチャーサロン『Place of Artrio―アトリオー』として貸し出しています。大きなプロジェクターを利用して仲間内でスポーツ観戦をするとか、彩画や茶道といったカルチャーレッスンの場としてもご利用いただいているようです。先ほど『神保町プロジェクト』の大枠のテーマに『シェア』を掲げているという話をさせていただきましたが、そういう意味では1〜5階まで、それぞれジャンルや目的は違えど、このビルを通していろんな『シェア』が行われ、国内外問わず人と人が結びつく空間になっているんじゃないかと自負しています。
―『REDO JIMBOCHO』の完成から1年半ほど経ちました。実際に運用を始めてみて旧耐震建築を利用して良かったなと感じるところを教えてください。
外観的にはイメージ通りに仕上がりましたし、「格好いいね!」と言っていただくことも多くて素直に嬉しいです。何より、今回の再生にあたって、この建物の構造的に8本の柱を補強したのですが、ご利用していただく方に安心して、ご利用いただける場所になったこともオーナーとして安心感を覚えています。また、予算的に新築ビルを1から建てるより3〜4割減の金額で思った通りの形になったのも嬉しいところです。少し細かい話になりますが、このビルは敷地面積70.72平方メートル、建築面積61.2平方メートル、延べ床面積287.68平方メートルの大きさの建物ですが、耐震補強自体はおおよそ1000万円前後で収まっていますし、総工費としても当時の価格で1億円弱くらいにとどめられました。どうしても空調、衛生設備、電気設備、防災設備などの設備には費用がかかりますが、仮にこのビルを全部壊して一から建て直すとなればトータルで3.5〜5億の予算は必要だったことを考えると、かなりの安価で形にできたと思っています。これは耐震補強の会社を経営する立場での補足ですが、その補強にかかる金額も予算に応じていかようにもやり方はあります。例えば『REDO JIMBOCHO』もビルの上部を軽くする減築によって耐震補強の予算を少し抑えられた部分もありました。
1F BEFORE
2F BEFORE
1F AFTER
2F AFTER
―逆に実際に利用を始めてここは少し不便だな、などと感じることはありましたか。
先ほどの話にもあった通り、今回のビル再生にあたっては、元のビルの形をできるだけ残したいという僕の意向もあって、壁や窓のサッシなどを敢えてそのまま利用することを選んだんです。それもあって断熱性のところはやや気になるというか。冬の寒い時期、猛暑の時期は正直、もう少し機密性のあるサッシにしておいたら良かったな、とは思いました。特に今年の夏は猛暑だったこともあって、部屋によっては冷房の効きが悪くなったり、シェアハウス部分の木製のドアが建物に馴染まず、暑さや湿気で閉まりにくくなって軋んだり。また、それに伴う電気代などのランニングコストを見ても、初期投資の段階で省エネを意識した設備にもう少しお金をかけておいても良かったかな、と。ただ、これらの部分は旧耐震建築だから、というより、新しいビルを建てたとしても起きうることというか。使用している中で不具合を感じたり、予想に反したことが起きたとしても当たり前のことだと受け止めているので、僕自身は大して気にしていません。その都度、対応していきながらより居心地のいい場所になっていけばいいなと思っています。言い方を変えるとビルを育てる、的な感覚ですね。僕自身は先ほども言ったように古着が大好きで、時代物のジーンズなどを「育てる」というように表現して大事に履いていますが、それと同じでビルそのものが備えた『味』みたいなものを深めていくような感覚で運営できるのも旧耐震建築ならではの魅力だと思っています。
―実際にプロジェクトチームが立ち上がってから運営が始まるまで、どのくらいの期間を要しましたか。
約1年です。工事自体は半年ほどで終わりますが、図面を引いてもらう上で、運営のイメージ像みたいなものが出来上がってからスタートした方が、工事中のイレギュラーも起きにくいのかな、と。もちろん、工事が始まってから設備の部分で…細かいところですが、やっぱりトイレはこのメーカーに変えたい、みたいな意向が出てくることもあり得るので、プラス300万円ほどの予算の立て方をしておくと、形作られていく上での多少の変更もしやすくなるかもしれません。
―つい先日、グッドデザイン賞のベスト100に選出されました。同賞は使いやすさ、親切さと言った人間的視点、新技術・新素材の工夫といった産業的視点、新たな文化の創出という文化的視点、新たな価値と継続性といった時間的視点の4つの視点によって選出されると伺っています。まさに片山さんの思いにマッチした賞ですね。おめでとうございます。
ありがとうございます。6000件近い応募があったと聞いたので、まさかという感じでしたが、すごく嬉しいです。僕はこのビルを再生させる際、神保町のシンボルにしたい、という思いを込めたのですが、今回の受賞をきっかけに、よりいろんな方に認知していただいて、そうした存在に近づけていけたらいいなと思います。また、何よりこのビルを通して、いろんな人が出会い、楽しさや美味しさ、生活や感情をシェアしながら、いろんな人に愛される場所になっていったらなお、嬉しいです。1〜2階の部分は誰でも訪れていただける場所なので、ぜひ体感しに足を運んでいただきたいと思っています。
REDO 神保町【グッドデザイン賞2024ベスト100選出】
インタビュー・文/高村美砂(フリーランスライター)